小松秀樹著『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』
小松秀樹著『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』
2006年5月30日 朝日新聞社
ISBN4-02-250183-9
1,600円+税
医師である友人に勧められて表題の本を読んだ。著者は現場の一線で働く医師である。ぼくにとっては説得力のある本だった。しかし、安全安心神話に囚われている人、言い換えれば死生観が確立されていない人には納得できない内容ではないかと想像する。
自然が支配する現実の世界で格闘している医師が、想像の世界を現実のものと錯覚している人たちに振り回されている実態、例えば、システムとして防ぎようのない事故が結果責任として個人の医師の刑事責任に帰せられていること、などなどが淡々と綴られているように感じた。個人と組織の問題、メディアの問題、様々な観点から語られている。
読み始めてすぐ、薬害エイズの問題も当然触れられるだろうな、と想像したが、そのとおり、後半部分で触れられていた。
医療事故を個人の責任として追求するより、原因の究明と今度の対応を中心に考えるべきだという著者の主張は、社会全体の利益を考えれば非常に説得力が高いと思う。
自分の仕事に関わる分野に振り返ってみるても、いろいろ考えさせられた。残留農薬のポジティブリスト制度は、消費者の安全安心神話に基づく要求が肥大化して作られた実現不可能な制度に思えて仕方がない。そのために、関係者は様々な努力をしているが、結果としてコストの増大は避けられず、そのしわ寄せは生産現場に近いところほど大きいように思える。あくまで想像だが。
いずれにせよ、安全安心はそれを求めるほどコストがかかり、いくらコストをかけたからと言って、完全な安心安全を達成することはできないことを、全ての人が理解することが必要だと思う。
死生観について、養老孟司氏が氏の様々な著書のなかで「人間の死亡率は100%」と繰り返し書いていることが印象に残っている。避けることの出来ない、生老病死を現実のものとして受け入れ、人生をどのように幸せなものとしていくかという点に関して、社会でもっと議論しても良いと思う。
さいごに、一線の現場で活躍して多忙だと思われる著者が、これほど密度の高い本をまとめられたことに敬意を表する。
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