« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

2007年1月31日 (水)

食事中のアオムシ

 今日は少し風が強かったが、天気も良かったので、特に用は無かったが、キャベツ畑をぶらついた。畑に行ったらすることは決まっている。それはもちろん虫を探すことだ。
 こちらに来てから毎年キャベツを作っているが、毎年この時期にもアオムシが見られる。アオムシとはもちろんモンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) の幼虫のことだ。ところが、これまでの2年間と比べると、アオムシの個体数が少なく、それほど目につかない。今年は冬になっても暖かい日が多かったので、もうこの時期には蛹になってしまった個体が多いのかも知れない。
20070131blog  じっくり探すと、1株に3頭もの終齢のアオムシが見られる場所もあった。大抵の個体は、何をするでもなく、ただひなたぼっこをしているように見えるのだが、1頭だけ食事中のものがあった。暖かい時期だとアオムシの活動は活発で、キャベツの葉をボロボロにされてしまうが、さすがにこの寒い時期だとそういうことはない。キャベツの玉の一番外の葉を少し齧っているだけた。このアオムシはまだ十分に太っていなかったが、ちゃんと蛹になれるだろうか?
 一般にモンシロチョウは秋の短日条件に幼虫が反応して休眠蛹になり、蛹で冬を越すと言われている。暖かい地方では幼虫で冬を越すこともあるという報告もある。しかし、幼虫で冬を越したモンシロチョウは、野外では何時蛹になって何時羽化するのかなどということに関しては、おそらく報告がないので、よくわかっていないと思う。真冬にキャベツ畑でアオムシを見ていると、ついついこういうことが気になってしまう。
 畑をよく見ると、コナガ Plutella xylostella (Linnaeus, 1758) の成虫も飛び出してくる。畑の側に設置してあるコナガ用のフェロモントラップには、冬の間もコナガが捕獲されるので、一年中活動していることがよくわかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月30日 (火)

腰痛が辛くなってきた

 一昨日あたりから腰の調子が悪くなってきた。何となく神経が圧迫されて痛むような気がする。去年11月の体の痛みは別の病気の前兆だったので、何となく気になる。明日も調子が悪かったら医者に行って検査をしてもらおうかと思う。
 来週から3週続けて出張があるので、体調を万全にしておかなくては。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年1月28日 (日)

CQ ham radio 2007年2月号

 盛岡に住んでいた頃にお付き合いがあったアマチュア無線家のブログに若干刺激されて、久しぶりに"CQ ham radio"を買った。2007年2月号が通巻728号になるという老舗の雑誌だ。付録の「QRP通信の世界」に惹かれた。
 QRPとは、無線通信に使用されるQ符号と呼ばれる略号で「送信出力を下げます」、あるいは"?"とつけて「送信出力を下げましょうか?」という意味を持っている。そこから転じて、小電力での無線通信のことを言っている。
 一時期、熱心に無線で遊んでいたことがあったが、ここ10年ほどは自然観察の方が面白く感じられていたので、アマチュア無線の方は開店休業の状態だ。しかし、完全に興味を失ったわけではない。特に、小電力での通信は、環境への負担も少ないので、特に興味惹かれる。電力を多量に使えば通信できて当たり前だが、通信できるかどうかわからないような小さな電力で通信ができれば、面白いだろうと思う。当たり前でない、というところに面白さを感じさせられるのだ。
 今は腰を据えて電子工作をする余裕も無いが、毎日が日曜日になったら、少しずつ復活したいとも思っている。干支があと一回りしたら還暦だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月25日 (木)

カマドウマのハリガネムシ

 今週始めからN県の農業関係の試験場にお勤めのKさんが職場においでになっている。畑のトラップで採れた虫のサンプルをたくさん持参していただいたのだが、その中にハリガネムシに寄生されたカマドウマがあった。
20070125blog  カマキリ類に寄生するハリガネムシは何度も見たことがあったが、カマドウマに寄生したものは見たことがなかった。カマキリに寄生したハリガネムシでも、随分長いのがよく入っているものだ、と思うのだが、カマドウマのハリガネムシもカマキリのハリガネムシとほとんど長さは変わらないように思える。ざっと見たところ、ハリガネムシの長さはカマドウマの体長の10倍はありそうな感じだ。どうやってこんなに長いのがカマドウマの中に入っていられるのか、まだ外に出てくる前に解剖でもして、中を見てみたいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月23日 (火)

裁量労働制を申請

 裁量労働制をどうしようかと少し思案したが、結局申請することにした。2月から勤務時間に拘束されることがなくなった。どうなりますやら。
 このことを妻に話したら、「裁量労働制って何?」と言われたので詳しく説明して、早く帰宅することもできることを話したら「やだぁ」と言われた。何が「やだぁ」なのかよくわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月19日 (金)

裁量労働制

 2月から研究を主な職務とする研究員に裁量労働制が導入されることになったので、今日説明を受けた。要するに、何時間働いてもきまった時間働いたことにして、それに基づいて給与が支払われるということだ。当局側から見れば、超過勤務手当の抑制を図るのを目的としているのは明らかだ。
 この制度を利用するかどうかは、労働者の方に任されている。もし自分が利用すれば、天気が良い日などは早々と仕事を片付けて、外に虫を見に行く事になってしまいそうで怖い。今は勤務時間がきまっているから、何とか踏みとどまっているような気がしているのだ。本当にそんなことで許されるなら夢のような制度だが、どこかに罠があるに違いない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

田川 研 著『虫屋のみる夢』

田川 研 著『虫屋のみる夢』
NDC914 213p. 22cm ISBN4-03-003330-X
偕成社 2006年1月

 一昨日、早速読んでみよう、などと書いてしまっていたが、本当に早速読んでしまった。早速図書館に行ったのか、などと思った読者は考えが甘い。本当のことを書けば、この前図書館に行ったときに、『虫屋の虫めがね』と一緒に2冊借りてきたのだ。
 ケンさんの書く文章はよほど波長が合っているらしく、スラスラと読めるだけでなく、楽しさが次から次へと押し寄せてくる感じだ。「田川節」も絶好調だ。虫に対する観察眼が繊細なだけでなく、虫屋を見る観察眼も鋭い。
 何とこの本には、同業者のサイトーさんが登場していた。確かにサイトーさんは福山に勤務されていた。同業者の中には「虫屋」は少なからずいるのだが、同業者が集る会議の席で一緒になっても、まわりには「虫屋」ではない同業者もたくさんいるので、「虫屋」だということを悟られないように、サイトーさんとも「虫屋」としての話をしたことはあまりなかった。でも、この本を読むと、サイトーさんも本物の「虫屋」だということがわかる。ケンさんとはタイプは違うのだが。
 この調子だと、ケンさんから発せられる話題は限りが無さそうに思える。もっともっと読みたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月17日 (水)

田川 研 著『虫屋の虫めがね』

田川 研 著『虫屋の虫めがね』
NDC914 220p. 22cm ISBN4-03-003290-7
偕成社 2001年10月

 今日は京都に出かけたので、行き帰りの列車の中で読もうと、図書館で借りてきたこの本を持って行った。
 この本は、図書館にあるのを前から気付いていたので、少し気になっていたのだが、盛岡に住んでいる同業者のSさんから著者の名前を聞いたので、背中を押された感じになり、借りてくることにしたのだった。
 読み終えて一言。すごく楽しい本だった。虫の本でこれほど楽しいと思ったのは、北杜夫の『どくとるマンボウ昆虫記』以来のような気がする。
 「田川節」とでも言えるような独特の語り口で全編が通されている。主人公は「ケンさん」なのだが、もちろん著者自身のことだ。ケンさんやケンさんの仲間のことを第三者が見るような形で、ユーモアを交えて虫体験や虫屋体験が語られている。楽しい虫屋生活を楽しまれているようで、羨ましく感じる事が多かった。
 ケンさんの住む福山には、就職してすぐに半年間暮らしたことがあるので、芦田川、山野峡、帝釈峡など、懐かしい地名が出てきたのも嬉しかった。山野峡ではオオムラサキ Sasakia charonda (Hewitson, [1863]) の丸々と太った終齢幼虫を採集し、採集して羽化させた思い出がある。福山にいたのは20年も前のことだが、その時にケンさんとお知り合いになっていたら良かったものだと思った。
 ケンさんには、1年ほど前に出版された新著『虫屋のみる夢』がある。これも早速読んでみようと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月16日 (火)

宮古島のイワサキクサゼミ

 昨日、宮古島でイワサキクサゼミ Mogannia minuta Matsumura, 1907 が鳴き始めたらしい。石垣島に住んでいたときは、イワサキクサゼミがいつ鳴き始めるか、楽しみにしていたものだ。石垣島では1月に単発的に鳴き声が聞かれることもあったが、例年3月20日前後に鳴き始めていた。宮古島では、今年は例年より1週間ほど早いということなので、1月に鳴き始めるというのが普通ということになる。石垣島と宮古島では、気候はそれほど違わないと思うので、それぞれの島に棲むイワサキクサゼミには遺伝的な違いがあるのかも知れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月13日 (土)

ちゅらさん4

 見ずにいられない。ただそれだけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月12日 (金)

冬に活動する幼虫

 仕事で調べているピットフォールトラップに、今日はジョウカイの仲間の幼虫が5頭、オオクロナガオサムシ Leptocarabus kumagaii Komiya et Kimura, 1974 の2齢幼虫が1頭入っていた。月曜日に調査したので、4日分の収穫だ。この冬はジョウカイの幼虫がやけに多い気がする。
 この4日間、それほど寒くはなかったが、暖かかったというほどでもない。これらの幼虫は冬の間も活動して餌を探しているということなのだろう。オオクロナガオサムシは幼虫で越冬することは知られているが、こうやって活動しているということは、休眠ではなく、あくまで越冬ということのようだ。ケバエの幼虫も活動しているようなので、ケバエの幼虫が餌になっているのかも知れない。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年1月11日 (木)

キノコ研究アマプロ共闘

 2007年1月9日付け朝日新聞夕刊の科学欄の「新科論」のコラムで、「キノコ研究アマプロ共闘」という大見出しでキノコの分類の研究に関して紹介されていた。キノコの分類の研究は遅れているが、プロとアマが良い関係を築いて研究を発展させているとのことだ。これが本当のことであるのなら、大変うらやましいことだ。
 キノコほどでないにしても、昆虫の場合も、大きく目立つ種以外の分類は大変遅れていると言っても良いと思う。昆虫の場合、こと日本においては、プロは基礎科学や応用研究が中心になるので分類学者は限られており、害虫として問題になるような分類群ですら、その分類群によっては、アマに頼らざるをえないという情けない状態になっている。また、アマとプロの間に「壁」があるようにも感じられる。
 今は少し風向きが変わってきたような気もするが、プロの研究者になるつもりならアマを止めた方が良い、ということを良く言われた時期があったのは確かだと思う。自分はそれに逆らって、農業害虫に関する研究をしながらアマ活動を継続しているわけだが、いつかそれが吉と出る日が来るのではないかと期待している。特に若い世代に役に立てるようになりたいと思っている。具体的に何をしたら良いのかよくわからないが、同好会誌の編集を通して、何かできないものかと思っている。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年1月 9日 (火)

経が峰に冠雪

 昨日までの風雨が止み、清々しさを感じる朝になった。通勤の途中、住宅街を抜けると田園地帯になり、正面に経が峰が見えるのだが、今朝はそれが白くなっていた。年末に雪がちらついた時には白くなっていなかったので、今朝が初冠雪ということになると思う。朝方には鈴鹿の山々は雲に隠れて見えなかったが、昼休みに安濃の町まで出たときには雲も晴れ、まぶしい白になっていた。
 帰宅するときはもう真っ暗になっていた。正面にはオリオン座がはっきり見え、その真下にはシリウスが輝いていた。今日は月もなかったので、星空を観望するには絶好の日だったかも知れない。かも知れない、と書いたのは、寒さに負けて、帰宅後には外出しなかったから、よくわからないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 8日 (月)

リンゴの名前

 今日は北海道から千島列島に発達した低気圧が抜け、冬型の気圧配置になり、雨まじりの強風が吹くはっきりしない天気だ。気象庁のサイトで天気図を見ると低気圧の中心は950hPaまで気圧が下がっている。台風以上だ。
 それとは関係なく、今日の午後、家族揃って電器店にいったついでに、その隣にある普段は行っていないスーパーマーケットに行った。「紅玉2玉299円」と書いてあったので、妻がリンゴを手に取ってみると、その包装ラップには「紅だま」と書かれたラベルが貼付けられていた。思わず笑ってしまったが、リンゴ産地出身の妻はあきれていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 7日 (日)

名古屋昆虫同好会2007年総会

 朝から強風が吹き荒れていたので、行こうかどうか少し迷ったが、一応幹事の末席に名前を連ねているので、行かないより行った方が良いと思い直して、出かけることにした。予想した通りだったが、名古屋ではところどころ雪で地面が白くなっていた。
 まずは毎年新年に行われる総会での恒例の会長の挨拶。昆虫同好会の社会的な地位について様々な点から指摘があり、自分たちの活動が仲間内(日本全国の昆虫愛好家の間)では認知度は高いものの、その地域では全く目立たないのはやはりよろしくない、との指摘。目立つことはそれと同時に失敗をすれば同時にそれも目立ってしまうという危険性を孕んでいるものの、もっと社会的に正当に認められるようになる必要があるといういうこと。そのためには、記録を報告として残すことが重要だ、ということ。これは、研究者が論文を書くということと同じだ。地域によっては、大学の昆虫学関係の研究室とも緊密な関係を持ち、健全に後継者を育ててている同好会もあり、縦の繋がりも作ることは有効だが、名古屋の場合、大学との縁が全くないというのは何とかしたいという指摘もあったが、これは多くの会員が感じていることではなかったかと思う。多くの大学の昆虫学関係の研究室の場合、基礎科学や応用ばかりで、地域のアマチュアの研究家や愛好家は相手にされていない。大学院の学生の定員がかつてと比べれば増えているので、学生の指導の負担も増えているだろうし、業績評価が異様に厳しくなっているので、成果を上げることに力を注がなければならないし、予算獲得のために努力をし、その予算を獲得したことの領収書的な成果報告もしなければならないのは大変なことだとは思うが、基盤を担っているアマチュアの存在も忘れて欲しくないものだと思う。
 議事の後は、恒例の記念講演。今年は四日市市在住のトンボ研究家の石田昇三さんの『トンボという昆虫について』というもの。話はトンボにとどまらず、昆虫が誕生してからどのようにトンボが生まれたのか。また、様々な昆虫の中で、他の昆虫とトンボはどんなところが違うか、ということなど。大学で昆虫学を学んだことのある人なら、それほど目新しい内容とは感じられなかったかも知れないが、話術が巧みであったので、今後自分がどこかで話をするようなときには、どんな話し方をすれば良いか、という点では非常に勉強になったと思う。もっとも、すぐに真似できるというものでも無いと思うが。
 夕方は場所を変えて寿司屋での懇親会。自分は酒は飲まないが、虫をネタに楽しい話をするのは好きだ。会誌に原稿を書いてもらえるよう、報文の書き方のコツなどを聞いてもらった。会誌は同好会の顔だから、社会的な地位を得るためにも良い物を作らなければならないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 6日 (土)

『瑠璃の島 SPECIAL 2007』

 ドラマの内容には考えさせられるテーマがいろいろ散りばめられている。多少は離島の暮らしを知っているだけに、このドラマのメッセージがどれだけ都会人に伝わるかどうかやや疑問も感じるところがある。それはともかく、鳩間島の風景が見られるというだけで見ないわけにはいかなかった。ついでながら、連続テレビドラマ『瑠璃の島』も風景を見るためにほぼ欠かさず見た。
 鳩間島には豊年祭のときに一度だけ行ったことがある。島の日常は見たことは無いが、さぞ静かなことだろうと思う。石垣島の生活も本土の都市の日常感覚が通じないことがたくさんあったが、鳩間島の生活は想像することすら難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 4日 (木)

冬なのにアワヨトウが・・・

20070104blog  いつものように職場でトラップの調査をしていたら、コナガ Plutella xylostella (Linnaeus, 1758) の調査のために設置している粘着式フェロモントラップに思いがけないものが捕らえられていた。アワヨトウ Mythimna separata (Walker, 1865) だ。この前粘着板を交換したのは元旦なので、今年に入ってから飛び込んだことは間違いない。
 アワヨトウは冬に休眠する性質を持たないので、ある程度以上の温度があれば冬でも発育することはできるだろうが、暖冬とは言え、この寒さの中を飛んでいたとは驚いた。
 このトラップの誘引源は化学合成したコナガの性フェロモンだが、コナガ以外の特定の蛾もしばしば捕獲される。それも調査の時のささやかな楽しみになっている。この場所でアワヨトウが捕獲されたのは調査を始めてから初めてのことだが、偶然飛び込んだのか、それとも誘引されて飛び込んだのか、興味惹かれるところだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 3日 (水)

2007年書き初め

 書き初めは通常は1月2日に行うものだが、妻の提案もあり硯を出して筆を握る事にした。今年の抱負を込めて練習もせずに書いた。筆を握るのは一年に一度ぐらいしか無いので、下手なのは仕方がない。
20070103blog1_1 20070103blog2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月 2日 (火)

米原万里著『ガセネッタ&シモネッタ』

米原万里著『ガセネッタ&シモネッタ』
2000年12月10日発行 文藝春秋 ISBN4-16-356880-8 1,524円+税

 今日は雨だった。しかし、風は無く、それほど寒くもない。外に出るのも億劫なので、冬休み中に読もうと思って図書館から借りていた本を読み終えた。米原万里著『ガセネッタ&シモネッタ』。
 表題はいかにも誰もが手に取ろうと思わせられるものだ。中身はロシア語の同時通訳である著者の体験などを綴ったエッセイ。ごく始めの方の面白さは表面的なものが多かったので、こんなものか、と思っていたが、読み進むにすれて、著者の経験から生まれてきた考えが随所にちりばめられていて、納得させられることも多く、読み終えたときは満足感があった。
 日本における英語の地位に関する批判は大いに納得させられるものだった。日本で外国語と言えば今でも英語以外が取り上げられることは少ないが、この世の中には英語以外の言語はいくらでもある。外国語として英語しか知らないとどうしても一面的な見方しかできなくなるのは確かだろう。かつて英語を公用語にしようなどと口走った政治家があったが、当然のごとく激しい批判の対象になっている。痛快だ。
 自分は英語で苦しめられている。得意でもない英語で論文を書かなければいけない。しかし、自然科学は西洋で発祥した学問であり、それを記述する言語はラテン語であったり、ドイツ語であったり、フランス語であったり、英語であったりするのは仕方がない。現在では自然科学を記述する事実上の公用言語は英語であるから、その土俵で相撲を取ろうと思えば、英語で書くしか選択の余地はない。しかし、日本で生まれた文化芸術を担う言語として、日本語をもっと大切にしていかなければならないと思う。
 米原万里さんは、名前は以前から聞いたことがあったが、著書を読むのは初めてだ。亡くなってから良さを知るというのは、もったいない事だといつも感じさせられる。落語の桂吉朝師匠の芸を知ったのも亡くなったあとのことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年1月 1日 (月)

穏やかな元旦

 昨日は疲れていたので、紅白歌合戦も途中まで見て寝てしまった。それでも、夏川りみの歌を聴いたので満足した。
 今朝は元旦としては何年ぶりかの早起きだった。日の出前に起きた元旦は、少なくともこちら三重県に来てからは初めてのことだ。石垣島に居たときは、初日の出を見ようと家族揃って日の出前に起きたこともあった。もっとも、石垣島の初日の出は7:30ぐらいなので、早起きだと言ってもたかが知れている。
 仕事で飼育している虫は、今データをとっているところなので、少なくとも1日おきには見にいってやらないといけない。昨日は休んだので、今日は元旦だったが職場に出かけた。
 朝方は陽も射し風も弱く、本当に穏やかに感じられる天気だった。職場の方向には山があるが、経が峰や青山高原には全く雪は見えなかったものの、目を右の方に向けると鈴鹿の山々は真っ白だった。年末29日に降った雪が、山の方ではたくさん積もったのだろう。
 仕事を手早く片付け、家に戻り、今度は尾張一宮の実家に向かった。こちら三重県に来るまでは、日帰りで帰省などということは出来ないほど遠い場所にしか暮らしていなかったので、日帰りで帰省できるというのは本当にありがたく感じられる。行きは近鉄の急行に乗った。乗った車輌は2610系のクロスシート車。車輌番号は2727。ロングシートよりはマシだが、本格的なクロスシートの5200系と比べると乗り心地は良くないように思える。途中の四日市付近では、年末に降った雪がまだ残っていた。名古屋からはJRの快速電車。乗ったら10分で付いてしまう。快速電車が初めてできた頃は13〜14分かかっていたので随分速くなったものだと思う。これほど速くなくても良い気がするのだが。
20070101blog  実家で昼食をとり、真清田神社(ますみだじんじゃ)に向かった。本町通りのアーケードの商店街はそれほどの人出ではなかったが、神社の正面まで来ると、人出が多いのが実感できた。ふとすれ違った人が高校の同級生のコバヤシ君に見えたが、流れに乗って歩いていたので声はかけなかった。お互いいいオジサンになったものだ。神社の境内にはいるとさらに人の密度が高く、拝殿の前は通行が制限されていた。これまで真清田神社でこのようなことは無かったが、参拝する時間が今までと違っていたからなのかも知れない。
 夜は弟一家と一緒に大人6名、子供5名の総勢11名の夕食となった。狭い部屋でよくもこれだけの人が入れるものだと思った。
 帰りは安くあげようということで、名古屋から快速みえの最終列車に乗ろうという話になった。回数券を使えば、1名あたり750円で名古屋から津まで乗れる。4枚綴りで、しかも子供2で1枚を使えるということになっているので、我が家の場合、1組分が1回で消費されるので好都合だ。この回数券は尾張一宮駅では買えないので、ちょっと早めに名古屋に行くことにした。ところが全くの拍子抜けで、切符売り場にはほとんど人が並んでおらず、すぐに切符を買う事ができた。おかげで時間がたくさん余ってしまった。
 快速みえ23号は定刻に発車したが、次の八田駅で一旦停まり、さらに次の春田駅でもう一度停まったら反対方向から来た特急とすれ違った。そのあともゆっくり走ることが多いのでおかしいと思ったが、最初の停車駅の桑名に着いたときには、名古屋を出てから25分も経っていた。普段なら20分ほどで走っているので、上りの特急が遅れていたということなのだろう。単線区間が多いと、すぐに遅れるのがやはり気になる。結局津駅に着いたときには9分ほど遅れていた。
 駅からはタクシーに乗った。普段はタクシーになど乗らないのだが、みんな疲れているし、家族5人揃っているので乗る事にした。ワンメーターなので運転手にいやな顔をされるのではないかと思ったのだが、乗務は10時までなのでちょうど良かったと言われ、ホッとした。元旦からのお仕事、ご苦労さんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »