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2006年10月 1日 (日)

カマキリは大雪を知っていた

酒井與喜夫著, カマキリは大雪を知っていた. (社)農山漁村文化協会 人間選書250 ISBN4-540-03114-7.
 昆虫学会でこの本に書かれていることを批判した元弘前大学の安藤喜一先生の講演を聴いたのに、この本を見ないのは片手落ちだと思って図書館で借りて来て読んだ。
 読んでまず感じたのは、この本の著者のモノの見方は生物を見る人の見方ではない、ということだ。生物に身近に接している人なら、雪に埋もれてしまうとオオカマキリ Tenodera aridifolia (Stoll, 1813) の卵は本当に死んでしまうのだろうか、ということを疑うのはあたりまえだと思うのだが、この本の著者は越冬中の卵の生存率を全く調べていない。論理展開は、雪に埋もれた卵はすべて死んでしまう、という思い込みを前提としたものとなっている。
 卵嚢の高さと最深積雪の関係は87ページに示されているが、有意な相関がないので、相関が出てくるように様々な補正が施されている。このようなアプローチをしていることから、この本の著者の考えがカマキリの生態を明らかにしようという生物学的なものではなく、オオカマキリの卵嚢の高さから最深積雪を予測しようという、工学的なものであるということが伺える。それはそれで良いと思うのだが、カマキリが木から何かを感じている、などというところからは、もう完全に「トンデモ」の世界だと思った。科学というのは、客観的に評価できるデータをもとに論じなければいけない。
 生物を見るものの立場からすると、弘前では原っぱの草に卵を産んで、冬には雪に埋もれ、解けた雪の中から現れた卵が無事に孵化するオオカマキリが、何故新潟では高い木に卵を産むのか?というところが疑問になる。雪に埋もれた卵の方が埋もれなかった卵よりむしろ孵化率が高い、という安藤先生が示したデータも考慮して新潟のオオカマキリの産卵習性を理解したいところだ。

(以下2007年9月23日追記)
 安藤喜一先生は2007年9月15日から開催された日本昆虫学会第67回大会の2日目に、この本に書かれていることは間違いである、とはっきり断定する研究発表をされた。それに関しては以下の記事を読んでいただきたい。
「日本昆虫学会第67会大会2日目」(2007年9月16日記)

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コメント

トラックバックありがとうございます。

あの本のいい加減な内容を、多くの人が鵜呑みにしているのは許せませんでした。

「雪に埋もれた卵はすべて死んでしまう」という前提は、本当にそうかなという違和感もかすかにありましたが、あれだけ調べているのでそうなのだろうと思っていました。

その前提が間違っていれば、すべての実験結果は無効ですね。逆に、気の毒すぎます・・・。積雪予報が本当に当たるのならば、まだ救いはありますけど。

投稿: 混沌 | 2006年10月 2日 (月) 00時44分

コメントありがとうございました。
 カマキリの卵嚢の高さから最深積雪を予測できることを完全に間違いとまでは言い切れないと思いますが、越冬中の卵の孵化率を調べていないのは致命的な欠陥だと思います。
 昆虫学会で安藤喜一先生の講演を聴くまで、この本の存在は知りませんでしたが、専門家の目の通っていない本の内容は疑いの目をもって見た方が良い、という教訓になったと思いました。動物生態学を少しでも学んだ人なら、この欠陥に気が付いたと思います。それを自分できちんと調べられた安藤先生は、酒井さんよりももっと地道な方だと思います。
 このことを他人事とは思わず、自分でも気をつけたいと思います。

投稿: Ohrwurm | 2006年10月 2日 (月) 06時57分

TBありがとうございました。

私は、TBSの森田さんの天気予報でこのカマキリと大雪の説を知りました。
が、一概に鵜呑みにすべきではないのですね。勉強になりました。ぺこ。

投稿: にゃんころりん | 2006年10月 2日 (月) 14時57分

私は昆虫生理学に携わる研究者です。休眠研究の専門家ではありません。昆虫触角などに分布する感覚細胞の中で,湿度を受容する細胞があるのではないか,その細胞を特定することがこの問題の本質的な解決の道になると考えています。カマキリの体表の構造や真皮細胞の詳細など,直接御指導をお願いすることになるかもしれませんので,ご連絡先をお教えいただきますよう,今後,どうかよろしくお願いいたします。

投稿: 昆虫力 | 2006年10月 6日 (金) 18時02分

 昆虫力さん、コメントありがとうございました。
 私は個体・個体群・群集レベルの生態の仕事しかしてきておりませんので、昆虫力さんの質問に応えられる知識は持っていないと思います。
 それはともかく、件の本を読む限り、正しくデータが採られていたという前提を認めるならば、カマキリの卵の高さを、産卵場所の様々な特性をもとに補正することにより、最大積雪深をある程度予測できることは認めなくてはいけないと思います。ただし、私は正しい方法でデータが採られているかどうかが疑わしいと思っています。つまり、データの採り方にバイアスがかかっているのではないかと疑っています。と言いますのは、弘前では原っぱのススキなどに産卵しているオオカマキリが新潟では木の上ばかりに産卵するというのは納得しがたいからです。
 それ以前に、自然観察者としては、予測が極めて困難な地球規模の物理的現象を、カマキリが何か月も前に予測するという発想にはなりません。カマキリの産卵場所の選択にとってもっと重要なのは、卵に寄生する昆虫や卵嚢を捕食する鳥などをいかにして避けることができるか、ということではないかと思っています。

投稿: Ohrwurm | 2006年10月 6日 (金) 21時40分

検索から来ました。
興味深い内容でした。
結局のところ、積雪との関係はあるのでしょうかね。眉唾と切り捨てるほどの戯言ではないにしろ、少なからず何らかの関連性はあるのでしょうか。

私の記事にこちらのURLを貼らせていただきましたので、不都合がありましたらお知らせください。

投稿: sasama_tea | 2007年1月 2日 (火) 14時47分

sasama_teaさん、コメントありがとうございました。
 酒井さんの本の87ページを見ていただければわかりますが、カマキリの卵嚢の高さとその場所のその年の最大積雪深の間の相関は、単相関では有意ではありません。つまり、カマキリの卵嚢の高さと最大積雪深の間に関係があるとは言えないということになります。だからと言って、関係が無いと言い切ることも出来ないことにはご注意ください。
 カマキリの卵嚢が産まれていた場所の斜面の方向や、雪が積もったときに枝がしなった高さの違いなど、様々な条件を関係式に組み込むことによって、相関が有意になるようになっています。
 ぼくには、関係式に組み込まれた要素が恣意的だ(客観的ではない)と思われるので、やはり酒井説に説得力は無いと思えます。都合の良い要素だけを組み込めば、関係式を有意にすることは容易です。客観的な方法にしようと思えば、データを取る前にあらかじめ関係式を作っておき、それに基づいてデータをとり、その結果としてその関係式が有意であるかどうかを確かめる必要があります。酒井さんの手法は、事後の説明でしかありません。
 本文中にも書きましたが、雪に埋もれた卵の孵化率が調べられていないのは致命的な欠陥だと思います。生物の行動は自然淘汰によって進化したと考えるのは現代では定説になっているので、死亡率がかえって高くなるにもかかわらず雪に埋もれない場所に産卵するという行動が進化したということを、合理的に説明するのは困難です。
 真実は何か?と問われれば、真実を知る事は出来ない、と答えるしかありませんが、より客観的な観察事実を積み重ねる事によって、より尤もらしい解答が得られるはずです。
 現時点までに得られている観察事実から総合的に判断すれば、「カマキリの卵嚢の高さと最大積雪深の間に相関があるとは言えない」というのが、最も尤もらしい解答だと思います。
 自分が積雪の多い地方に住んでいるなら、自分でデータを取ることも可能ですが、残念ながら自分でデータを取ることはできません。ぼくも本当のことを知りたいです。

投稿: Ohrwurm | 2007年1月 2日 (火) 16時14分

ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

何気ない虫やら鳥やらの行動の意味が分からないというのは、万物の長を気取る人間においても当然のことで、それほどに自然とは奥が深いものなのですよね。

理解しようとする努力は必要ですが、分かった気になって吹聴するのは避けたいです。

投稿: sasama_tea | 2007年1月 2日 (火) 16時36分

積雪の多い年というのは大体の傾向があります。前年の夏は気温が高い、冬の到来が早く来る、という傾向です。
気温が高ければ植物の成長も大きく、丈も高くなっています。ですから、カマキリがランダムに卵を産みつけたとしても、位置の平均値は高くなるのは当たり前です。また、冬が早く来るということは、気候的に荒れて(風雨や気温低下で)植物の形が崩れる時期が早まり、斜めになったり、たわんだりして地上から低い位置になります。カマキリはランダムに産卵したとしても、計測する時には植物の地際から卵のうまでの長さを計るので、結果として平均値が大きくなることになります。

投稿: はなこ | 2012年4月 7日 (土) 16時36分

はなこさん、コメントありがとうございました。
確かにおっしゃるようなこともあると思いますが、それ以前に「カマキリの卵嚢の高さと積雪深の間に有意な相関は認められない」ことが本書の87ページに示されていますので、科学的にはそれ以上議論することは意味の無いことだと思います。本書の後半には「カマキリは地表からの振動を感じている」などと書かれていますが、カマキリを使った実験は全く行われておらず、著者である酒井氏の思い込みに基づいた全く科学的な根拠のない妄想だと思います。

投稿: Ohrwurm | 2012年4月 7日 (土) 18時04分

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