2009年11月 7日 (土)

三重県の四季の移ろいは印象的・・・らしい

 今日は本来なら休日だが、職場の一般公開だったので、仕事として職場に出かけた。そこで、沖縄県農業試験場で研究員をやっていたホカマさん(現在は結婚して別の名前になっている)に18年ぶりにお会いした。ぼくが内地留学で沖縄県農業試験場のサトウキビ害虫研究室に3か月ばかり居候していたときには彼女にも色々お世話になった。どうでも良い話だが、我が家にある三線は彼女のお父さんが作ったものだ。その後、彼女は北海道にある国の農業試験場の研究員の方と結婚され、去年ご主人の転勤で三重県にやってきた。久しぶりにお会いしたので、四方山話。
 彼女の三重県の印象は、四季の移ろいが楽しい、ということだった。沖縄の冬は天気が悪い日が多く北風も強く吹くので、それなりに寒いのだが、冬になっても木々が葉を落とすことはないから、景色だけ見ていたら冬らしくない。北海道は半年が冬で、春から夏にかけて一気に花が咲き、それが終わると急速に冬に向かってしまう。それと比較すると、三重県では季節が(北海道と比べれば)ゆっくり進み、次から次へと色々な花が咲き、冬にはそれなりに冬らしくなる、というのが彼女にとっては印象的だというのだ。
 ぼくは生まれが愛知県なので、気候的には三重県とほとんど違わないところで高校卒業まで育ち、大学は京都で、そこでもあまり差がなく、就職してから岩手県の盛岡に行って、季節感の違いを初めて肌で感じた。岩手県の7年半と石垣島の7年は、ぼくにとっては何かを意識せざるをえない環境だったが、それ以外は今の場所とあまり違わない環境のもとで暮らしてきたので、今の季節感は、ぼくにとっては全く自然なものなので、特に何かを意識するということはない。
 それでも、そうではない人から見ると、教科書的かもしれないような明瞭な四季がある場所というのは、意識せざるをえないものだということなのだろう。今日は彼女の発言から思わぬことを意識させられたと思う。

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2009年11月 4日 (水)

三中信宏著『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』

三中信宏著『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』
講談社現代新書2014
ISBN978-4-06-288014-5
800円+税
2009年9月20日発行
328 pp.

目次
プロローグ 生まれしものは滅びゆく(2006年オアハカ、メキシコ)
第1章 「種」に交わればキリがない
第2章 「種」よ、人の望みの喜びよ
第3章 老狐幽霊非怪物、清風名月是真怪
第4章 真なるものはつねに秘匿されている
第5章 いたるところにリヴァイアサンあり
第6章 プリンキピア・タクソノミカ
インテルメッツォ 実在是表象、表象是実在(2007年ニューオーリンズ、アメリカ)
第7章 一度目は喜劇、二度目は茶番
第8章 つながるつながるつながるなかで
第9章 ナボコフの“ブルース”
第10章 目覚めよ、すべての花よ
第11章 時空ワームの断片として
第12章 「種」よ、安らかに眠りたまえ
エピローグ 滅びしものはよみがえる(2008年トゥクマン、アルゼンチン)
あとがき「分類のための弁明」に代えて
私的ガイド付き文献リスト(現世で迷わないために)
索引

 著者である三中さんの日録を見て本書が出る事を知った。リクエストしなくても図書館に入っていたので借りてきて読んだ。
 三中さんと言えば系統学である。前著『系統樹思考の世界−すべてはツリーとともに』(2006)も手にした記憶はあるが、読後感を書き残していないので、最後まで読み通したかどうかはっきりした記憶がない。
 三中さんは以前から「種は実在しない」という主張をされているので、本書もそれに沿った考えが述べられているのは容易に予想がついた。
 本書では、ヒトがどのようにモノを分類してきたかという歴史が整理されている。本書をひととおり読めば、歴史をほぼ理解する事ができるのではないかと思う。生物学者は生物を分類し、区別して名前をつけてきたが、分類や「種」に関する問題は未だに解決しているわけではない。
 「種」に関する問題が未解決だとは言え、我々「種」の利用者は、「種」がないと不便で仕方がない。三中さんは「種」を利用する立場の人ではないので、「種」とは何か、という問題について考え、様々に論考することもできるだろうが、「種」の利用者であるぼくにとっては、便宜的ではあれ、やはり、生物を分類し、記載して「種」を決めてもらわないと困ると思う。
 三中さんが言いたい事はわからないわけではないが、だからと言ってすんなり納得できるものではありませんよ、というのが感想だ。三中さんは何か月かに一度ぐらいこのブログを読みに来ているようなので、ちょっと書きづらかったなぁ。

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2009年11月 3日 (火)

日本のアカヘリカメムシは誤同定かも知れない

20091103blog1
【写真は波照間島で撮影したコフウセンカズラ(ムクロジ科)の上のアカヘリカメムシ(ヒメヘリカメムシ科)】

 最近、下記の文献(河野・高橋,2006)を読んだと思われる外国人研究者二人から立て続けに電子メールが届いた。一人はアカヘリカメムシとフチベニヘリカメムシの標本が見たいと言ってきている。もう一人はアカヘリカメムシのLeptocoris augurLeptocoris vicinusの誤同定ではないかと言っている。台湾ではLeptocoris augurはもっと明るいオレンジ色のような色でタイワンモクゲンジに寄生し、Leptocoris vicinusはコフウセンカズラに寄生しているという。ここに示した写真はコフウセンカズラに寄生していたもの。八重山諸島でみられるアカヘリカメムシはコフウセンカズラとアカギモドキに寄生しているのを確認している。タイ国に出張したとき、アカヘリカメムシだと思われるものを見たが、それは赤色というよりはオレンジ色と言える色だったが、単なる色彩変異だと思っていた。ぼくは分類学に関しては素人なので、事の真偽はわからない。今後の研究の進展の経過を見守りたい。

文献
・河野勝行・高橋敬一 (2006) 八重山諸島におけるアカヘリカメムシとフチベニヘリカメムシ(カメムシ目:ヒメヘリカメムシ科)の生態と分布.Rostria (52): 72-74.(英文要約付き)

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山が近くに見えた・・・冬のような天気

 今日は気温が上がらないという予報が出ていたこともあったので、一日じゅう図書館から借りてきた本を読んで過ごすつもりだったが、午前中にちょっと買い物に出かけた。ショッピングモールの屋上の駐車場に車を停めたら、西の方角にある山がすぐ近くに見えた。かなり空気が澄んでいるということらしい。まるで冬のような天気だ。
 午後からは縁側の陽が当たるところでゴロゴロしながら本を読んでいたが、3時を過ぎた頃には陽が当たらなくなり、急に寒さを感じるようになった。やはり、今日は寒い。そのあとは、昨日準備したばかりの炬燵に足を突っ込んで本を読んだ。まるで冬の光景。

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2009年11月 1日 (日)

四代目桂文我のおやこよせ

20091101blog1
 津市教育委員会の主催で、四代目桂文我さんのおやこよせに行ってきた。文我さんは、こども相手に落語の普及に努め、全国あちこちで「おやこよせ」を開いている。
 文我さんの「おやこよせ」はほぼ5年ぶりの二度目だ。前回はちゃんとお金を払って見たが、今回は教育委員会からお金が出ているらしくロハだった。同行したのは妻と三男坊。
 前回は桂宗助さんと2人でお囃子つきだったが、今回は文我さんひとりで、お囃子はなし。演目は「平林」など。文我さんの話術は前回にも増して磨きがかかった感じだったが、お囃子がなかったのはちょっと寂しかった。
 会が終わったあと、会場に同じ職場のTさんがいるのに気が付いた。声をかけてちょっと話をしたところ、落語がお好きとのこと。来月は松阪の三雲で桂米二さんの会があることを紹介した。

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養老孟司・河野和男著『虫のフリ見て我がフリ直せ』

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養老孟司・河野和男著『虫のフリ見て我がフリ直せ』
明石書店
ISBN978-4-7503-3045-7
1,800円+税
2009年9月25日発行
228 pp.

目次
第I部 虫の目で世界を眺めて
 人はなせ虫を集めるのか
 「種」や「属」は存在するのか
 進化論者たち
 発生遺伝子と遺伝率
 種の分布と分化の関係性
  コラム
   個体発生と系統発生
    −クワガタムシの大顎のパターンによる属の記述(河野)
   高位分類群とホックス遺伝子(河野)
   内部選択説(養老)
   バベルの図書館(河野)
   進化は末広がりではなく先細り(河野)
   ネオダーウィニズム(河野)
   工業暗化(河野)
第II部 生き物たちのつどう社会
 人為的な生態系
 文化と地形
 「お国のため」と「愛国心」
 日本人と森
 世界と日本−大気、海洋資源、森林
 進化と進歩
 生物は遺伝子の「乗り物」なのか?
 生物学は情報学だ
  コラム
   愛国心か「お国のため」か(養老)
   ダーウィンの図(河野)
   似ているということの異端児−並行進化(河野)
対談のあとで(河野)

 解剖学者の養老孟司氏と熱帯作物であるキャッサバの育種家の河野(かわの)和男氏との対談である。両者とも、昆虫の収集家でありアマチュアの昆虫研究者としてよく知られている。
 「対談のあとで」で河野氏が「この対談は好みと思考パターンが初めから一致している仲良し子供会的な話し合いではなかったのは当然度して、またもう一方の極端である思い込みと見解の表示様式に初めから全く共通点のないすれ違いの意見交換でももちろんなく、知的緊張感がバランスよく保たれた議論の時間だったと思う。」と書いているように、これまでの養老氏を交えた虫屋どうしの対談(例えば、「虫屋」である池田清彦氏や奥本大三郎氏などとの)とはひと味もふた味も違うものだったように思えた。これまでの養老氏による虫屋との対談は、学問的なものというよりも、放談に近いものだったが、本書では、生物進化という現象に対する考え方についてかなり真面目に議論していると感じられた。
 ぼくは学生時代に出現したネオダーウィニズムの洗礼を受けないわけにいかなかったが、その後ずっと生物を見てきていると、ネオダーウィニズムだけでは大進化を説明できないということが徐々にわかっていた。育種家として仕事をしてきた河野氏は、生物進化は先細りである、という考え方を肌で感じてきているようだが、この対談を読んでいると、確かにそのように思えてくる。
 原理主義的なネオダーウィニストが読めば、滅茶苦茶けなす対象になるかも知れないが、目の敵にせずに読んでみると良いと思う。
 面白い本だったが、ちょっと残念なのは、写真の印刷が悪いこと。本文と同じ紙にモノクロで印刷されているので仕方がないのかも知れないが、もうちょっと鮮明な写真を載せて欲しかった、というのが本音だ。できればクワガタムシの写真だけでも、アート紙にカラーで印刷して欲しかった。
 それともう一つ。『虫のフリ見て我がフリ直せ』という表題は編集者が付けたものだろうと思うが、本書での対談の内容から全くひねりだせないような表題だと思う。だからと言って、どんな表題が良いかと言われても困るが、もう少し内容に即した表題の方が親切だと思う。『虫のフリ見て我がフリ直せ』の方が本がよく売れるかも知れないが。

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福岡伸一著『世界は分けてもわからない』

福岡伸一著『世界は分けてもわからない』
講談社現代新書 2000
ISBN978-4-4-06-288000-8
780円+税
2009年7月20日発行
278 pp.

目次
プロローグ パドヴァ、2002年6月
第1章 ランゲルハンス島、1869年2月
第2章 ヴェネツィア、2002年6月
第3章 相模原、2008年6月
第4章 ES細胞とガン細胞
第5章 トランス・プランテーション
第6章 細胞のなかの墓場
第7章 脳のなかの古い水路
第8章 ニューヨーク州イサカ、1980年1月
第9章 細胞の指紋を求めて
第10章 スペクターの神業
第11章 天空の城に建築学のルールはいらない
第12章 治すすべのない病
エピローグ かすみゆく星座

 福岡氏の前著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』にも共通するが、生命をどこまで還元的に解析しても理解することは不可能である、という基本的な考えが感じられた。いくら細かいところが見えるようになっても、視野が狭くなりるばかりで、全体像を理解することは不可能である、という考え方も感じられる。
 ニューヨーク州イサカという町にあるコーネル大学で起こった「スペクター事件」(この本を読むまで知らなかった)は、ガン細胞の中で起こっている生化学反応を解明する研究の過程で起こったマーク・スペクターという人物によるデータ捏造事件だが、その顛末がドラマチックに記述され、途中で読むのを止められなくなってしまった。あらためて福岡氏の文章のうまさを感じさせられる。
 生命現象は物質やエネルギーが常に動いている中での平衡状態にあり、ちょとした操作を加えても、しなやかに次の平衡状態に移るので、人間が頭の中で考えたようには事が進むことを確認できない。
 福岡氏の研究室では、トリプトファンの代謝産物である神経毒のキノリン酸を分解するキノリン酸ホスホリボトランスフェラーゼの遺伝子を解明し、その遺伝子の働きを人為的に停止させたノックアウトマウスを作成し、現在は研究の途中であるとのことである。遺伝子の働きを止めたマウスは死んでしまうのか、別の動的平衡状態に移り、何事もなく過ぎてしまうのか。その結果は、福岡氏が繰り返し書いている「動的平衡」の考え方が妥当なのかどうかを示してくれるはずである。
 『世界は分けてもわからない』という表題は単純な還元主義に対して疑問を投げかけるものであり、これはぼくの考え方とも矛盾しない。

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2009年10月31日 (土)

堀坂山と『蕎楽 悠庵』の蕎麦

 特に予定していたわけではなかったが、明日は天気が崩れるという予報が出ているし、今日は大変気持ちの良い日なので、朝寝坊をしたのだが、堀坂山にハイキングに行くことになった。隣の松阪市にある山だが、登山口の標高がかなり高く、そこまで車で行けるので、山頂を極めるのはたやすく、気軽にハイキング気分で登れる山だ。春に二度登ったが、この季節は初めてだ。登山口まで車で1時間ほど。登山口に着いたときに、ちょっとしたトラブルに気付き、やや意気消沈してしまった。それでも、気を取り直して歩き出した。この時期はあまり昆虫を見る期待はできないが、ザトウムシが歩いているのがけっこう目についた。山頂には30~40分で到達した。晴れていて風も無かったので気持ちが良かったが、少し靄がかかっていて、見晴らしは良くなかった。目の前にはすぐ隣の観音岳が見える。
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 山を下りてから、近くに蕎麦屋があるので蕎麦を食べに行くことにした。看板を頼りに車を走らせるが、なかなか蕎麦屋が現れず、こんな道の先にあるのだろうかと不安になった。が、やがて目指す場所が見つかった。まさに、山の中の隠れ処という雰囲気の場所だ。飯福田寺のすぐ近く。
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 『蕎楽 悠庵』。イタリア料理店を弟子に譲って蕎麦屋を始めた人がやっているということだ。出てきた蕎麦は見た目にも奇麗だし、本格的な味がした。欲を言えば、もう少し量が多いと良いと思う。
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 帰りは、堀坂峠を通らず、中村川に沿った初めて通る道を走ってきた。ずっと緩やかな下り坂なので、車の燃費は極めて良い。里に出るまでは26km/Lぐらいだったが、そのあと平らな道を走っても家に戻るまでの平均燃費は約21km/Lだった。
 ちょと疲れが出て、家に帰ってシャワーを浴びてから一寝入りした。

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2009年10月27日 (火)

合理的な経路と最も安価な経路

 某役所から出張を依頼された。場所は京都だ。出張旅費は先方が出してくれる。
 しかし、今日その書類が届いて唖然とした。何と、津市と京都市の間の運賃の計算の経路が草津線経由になっているのだ。確かにこの経路が一番距離は短いのだが、途中の亀山と柘植の間は1時間に1本しか列車が無いし、亀山駅や柘植駅での乗り継ぎも悪くて待たされる。遊びで乗るなら悪くないが、時間の決まった仕事に行くのに、この経路を指定してくるとは・・・・・
 うちの職場の場合、京都への出張は、ちょっと遠回りになるが、近鉄線の大和八木経由になり、特急料金も出る。この経路は特急だけでも1時間に2本あるし、必ず乗り換えは必要だが、乗り換えはスムーズで待ち時間も少ない。
 一番早いのは、名古屋まで近鉄特急で行って、名古屋から新幹線に乗る経路だが、距離は長くなり、料金もバカ高くなる。
 どの経路が合理的かと言えば、やはり大和八木経由の近鉄線だと思う。某役所は経費が安くなることしか考えておらず、依頼されて出張する身のことをまるで考えていないように思える。

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2009年10月25日 (日)

福岡伸一著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』

福岡伸一著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』
木楽舎
ISBN978-4-8634-012-4
1524円+税
2009年2月25日発行
254 pp.

目次
「青い薔薇」−はしがきにかえて
プロローグ−生命現象とは何か
第1章 脳にかけられた「バイアス」−人はなぜ「錯誤」するか
第2章 汝とは「汝の食べた物」である−「消化」とは情報の解体
第3章 ダイエットの科学−分子生物学が示す「太らない食べ方」
第4章 その食品を食べますか?−部分しか見ない者たちの危険
第5章 生命は時計仕掛けか?−ES細胞の不思議
第6章 ヒトと病原体の戦い−イタチごっこは終わらない
第7章 ミトコンドリア・ミステリー−母系だけで継承されるエネルギー産出の源
第8章 生命は分子の「淀み」−シェーンハイマーは何を示唆したか
あとがき

 ワトソンとクリックによるDNAの構造解明以降、「生物は遺伝子、分子へと還元すれば理解できる」という考え方が主流となっている。本書は様々な視点から、そういう流れに対して、「はたしてそうだろうか」と疑問を投げかけている。
 本書全体を通して、生命は物質の流れのなかの動的な平衡状態として理解すべきだ、ということが貫かれている。
 ぼく自身、生命現象を還元的に理解することに対して常々疑問を持っていたので、本書はその多くの疑問に答えてくれたように思う。
 池田清彦氏によるところの、システムとして生命現象を捉える観点と通じるところがあるように感じられた。
 福岡伸一氏の著書は何冊か読んだが、いずれも落ち着いた語り口で、大変読み易いと思う。本書も、生物学を専門にしていない人にとっても読み易いものだと思う。

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2009年10月24日 (土)

初めての夜釣り

 ここ最近、職場のOさんが何度か釣りに行って成果を上げているので、誘っていただき夜釣りに出かけた。誘ってもらったのは、主にぼくではなく、三男坊だ。
 目指すはヨットハーバーの近くの防波堤の先。パラパラと雨が降る天気だったが、それほど風も強くなく、条件は悪くない。もっとも、潮はあまり良くない日だが。
 Oさんが最初に投げたところ、一発で30cmぐらいのスズキがかかった。しばらくしてから三男坊のにも25cmぐらいのスズキがかかった。そのあとは、Oさんのところに小さなのが何度かかかったぐらいで、そのうちにほとんどアタリがなくなってしまった。8時を過ぎた頃、急に風が強まり、退散することになった。
 釣果はイマイチ以下だったが、初めての夜釣りはそれなりに楽しむことができた。誘っていただいたOさんに感謝!
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鈴鹿工業高等専門学校・第46回高専祭

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 今年も出かけた鈴鹿高専の高専祭。まずは、先生との二者面談。3年生になったので、そろそろ進路のことも考えないといけないので、いろいろと話を聞く。
 そのあとは、展示や模擬店などを見るが、今年は何となく物足りない感じがする。無線部の展示が無かったこともあるが、そのほかの学科の展示などもイマイチのような気がした。インフルエンザで学校閉鎖があって準備不足があったのかも知れない。ロボ研の模擬店の箸巻きも、去年の方が美味しかった気がする。

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2009年10月20日 (火)

2009年・秋に鳴く虫も寂しくなってきた

 日は短くなってきたが、まだ「秋の夜長」というような季節でもない。「秋の夜長を鳴き通す、ああ面白い虫の声」と歌う歌があるが、既に我が家の周辺で鳴く虫は寂しくなってきた。
 あれほど騒々しく鳴いていたアオマツムシの鳴き声は、いつの間にか聞こえなくなってしまった。聞こえてくるのはオカメコオロギの仲間やエンマコオロギの鳴き声だ。数日前には、辛うじてマツムシの鳴き声も聞こえていたが。場所を変えればツヅレサセコオロギやミツカドコオロギは鳴いていると思う。通勤経路の途中にはクツワムシがたくさんいる場所があるのだが、もうだいぶ前から鳴き声を聞かない。
 こうやってあらためて見直してみると、上に示した歌は、どうやらウソくさい気がしてくる。本当の秋の夜長を鳴き通す虫は、それほど多くはないのではないだろうか。

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2009年10月17日 (土)

家族麻雀の始まりとなるか

 息子たちが少し興味を持ち始めてきたようなので、この夏に実家に帰省したとき、もう使われていない麻雀牌をもらってきた。ぼくが子供のときに使っていた物だから、相当の年代物だ。本物の竹が材質として使われているが、今こんなものを買おうとしたら、かなりの金を出さないと手に入らないのではないかと思う。
 麻雀牌はもらってきたが、麻雀卓はないので、麻雀牌はずっと使われないままになっていた。ところが、高専ロボコンの大会が済んだ長男が興味を示しだしたら、次男も三男も興味を示してきたので、ルールを教えることになった。ところが、テーブルの上で牌をかき混ぜると騒々しくて仕方がないし、新聞紙を敷いても、こんどは牌が傾いたりするので都合が悪い。ということで、麻雀マットを買おうということになった。
 しかし、いざ探すとなると、麻雀マットを扱っていそうな玩具店が意外に少ないことがわかった。まだ津の街のことをよく知らないかも知れないが。まずはリサイクルショップに出かけたが、ここはダメ。次に大手チェーンの玩具店に行ったら、「麻雀用品は扱っていない」とのこと。次にネットで検索したら名前が出てきた玩具卸売店に行ってみることにした。その店に入ると、駄菓子の箱がいっぱい積まれており、菓子の匂いが充満していたので、期待薄かと思われたのだが、一応「麻雀マットありますか?」と訊いてみた。すると、「あるかも知れないからちょっと待ってね」と言われてしばし待ったところ、二階の倉庫か何か知らないが、そこから箱に入った麻雀マットを持って降りてきてくれた。はたしてネットで買うのとさほど変わらない価格で入手できたので、まずは満足である。
 これで快適に麻雀で遊ぶことができる。独身寮に住んでいた頃まではよく麻雀で遊んだものだが、結婚してからは全くやっていなかった。住む家を探すにしても、子供が3人もいると、なかなか思うような物件が見つからず、苦労したものだが、3人息子がいれば、こうやって家族麻雀ができるのも悪いことではないと思う。
20091017blog1

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2009年10月16日 (金)

コカマキリが交尾しようとしていた

20091016blog2
 帰宅しようとして職場の自転車置場のところに来たら、建物の壁にカマキリがいるのが見えた。眼鏡の度があまり合っていないので、カマキリだということはすぐにわかったのだが、それ以上はわからなかった。近くに寄って見てみると、コカマキリが交尾しようとしていた。残念ながら、その後どうなったかは見届けていない。うまく交尾できあのか、雄はうまく逃げられたのか、雌に食われてしまったのか。

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